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2000年1月末を持って、約10年間勤めた松下電器を退職した。
1999年末の二回めの休職に入ったきっかけは、仕事中身体が動かなくなる(=今の解釈では、人生
の方向転換をするようにという身体という無意識からのメッセージ?)ということだった。
でも実際、前回の休職が二ヶ月以上、ほぼ寝たきりの生活になってしまうほど疲れ切っていたのに
比べ、今回は休職の一日目からなぜかすっかり元気になってしまった。様子を見に来て頂いた
上司に対し、’どうやって演技しようか?’と思うくらい(自分でも不思議なくらい)元気だった。(謝)
(もしかしたら上司には演技がばればれだったかも?でも自分にとっては元気だと思われると仕事に
復帰できると思われてしまうと困るので必死にしんどい自分をアピールしていた。:
笑)
2000年1月末の退職と同時に ヒーリング・セラピー Office
CHU の開業ということに決めた。
当時はセッションメニューと言っても、’レイキヒーリング’のみだったが、自分なりに名刺やチラシを
作って、その中に自分の将来のビジョンを思いっきり表現してみた。
2001年の前半にヒプノセラピーとトレガーワークのプロの資格を揃って取得することになってから、
さらに活動を加速させた。年内にホームページや資料一式を整え、旧友や知人宛に約700通のDM
と体験無料チケットを添えた。
特にヒプノセラピーを中心にして、開業前の練習セッションなどでは、かなり良い感触を得ていて、
自分なりにあとはPRするのみだと考えていた。 し・か・し、そんなには甘くなかった。。。
ある体験セミナーをきっかけに知り合った女性Kが唯一の実際のお客様である時期が長かった。
つまり’彼女がいなければOffice CHUとしてのセッションができていない’と言えるほどの状況だった。
2002年に入ると、いよいよ貯蓄が尽き始めて、ほんとうに危機的状況に陥っていた。
新年の挨拶、えべっさんへの祈願など 思いつくばかりのお祈りをすませて、節分前の1月末だった。
’鬼っ子診療所’という生駒の山頂にあるセミナースペースにて出会った男性Kとのご縁をきっかけに、
必然的にフットケアサロンのオーナー女性Tと出会い、それから隔日で奈良でセッションができる流れ
を頂いた。 そこではお客さんとのコミュニケーション、ヒプノセラピーやトレガーワークの一般の方への
PRのコツ、新しいスクールの開発、チラシ&DMの作成方法など
いろんなノウハウを学ばせて頂いた。
当時はお世話になっていながらプライドが高く、生意気で 今思えばたくさんの無礼を与えてしまった
と大反省している。今なら少しはオーナーの経営者側の立場がわかるような気がする。
いろんな意味でずいぶんたくさんの経験と気持ちを頂いた場所である。きっといつかお返ししたい。
2002年は他にもいろんな経験をさせて頂いた年となった。GWにはトレガー仲間とのご縁で、四国
の宇和島への出張セッション、皮肉なものでトレガーメンバーのお通夜をきっかけにはじまった
伊豆
の修善寺のヒーリングスパでのトレガープロジェクトなど 新しい流れ、そして今後に生きる経験を
たくさんさせて頂いた。 当時は有形(形の見える)のサポートしか感じられなかったが、今思うと
無形(見えないところでの)サポートも随分と頂いていたように思う。 ほんとうにありがとうございます。
2003年はいろんな偶然を経て、現在の関西のトレガーメンバーのキーパーソンともなっているT夫妻
との出会いもあった。 彼らとの出会いの場となった金沢出張セッション、それに6月からは月の前半
に京都のスペースを借りてセッションをすることにもなった。さらに同月から数ヶ月毎に
弟の仕事の
パートナーのいとこからのご縁で埼玉で出張セッションを繰り返しさせて頂くご縁も頂いた。
いろんな方からの有形・無形のサポートを頂いて、Office
CHU 並びに小生(Chu)自身も日々成長
させて頂くことができた。 この場をお借りして、今までサポート頂いた多くの皆様に感謝したいと
思います。ほんとうにありがとうございました。
まだまだ学ぶことはたくさんありますが、最近少し感じられるようになってきたのは、’無形’、いわゆる
目に見えない形でのサポートがどれほど大きいものであるか
ということだ。
これは小生が最初の休職の際に感じた、’見守る’’信じる’’様子を見る’といったようなことだが、
こういった無形のサポートを感じられなかった自分がどれほど’豊かでなかったか’を痛感させられて
いる今日この頃である。 もっと言うと、サポートはいつでも自分の周りに十分与えられているのだ、
あとはそれに対して自分自身がどれだけ意識を向ける(扉を開く)ことができるか? その一点に
かかっているような気がする。 ’受け入れないことをやめる’、あるいは与えられているものが自分の
(意識的な希望に沿うかどうか?などと)’より分けることをやめる’、そういうことかもしれない。。
それが有形でも無形でも、自分が望んでいないと思っていたものでも、もっと深い自分自身の
レベルでは’いつも何時も 「それでいい」 という内容のものなのだから’、そしてそういう風に思うか
どうかでさえも、私たちは個人個人ひとりひとりで自由に決めることができるのだから。。。
そんな風に自分自身を捉えてみるのも面白い。
毎瞬毎瞬、絶え間なく流れ込んでくる、有形・無形の無数のサポートに深く感謝!!
〜一つ下につづく〜
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