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           僕が今、この瞬間に感じていることなどをご紹介していきます。

 


 
  ’曖昧さ’という無限の扉

 
  〜ほわほわ感、やわらか感〜

   
     
     2006/3/2

 

  気がつくと、久々の投稿ですね〜(笑)

 思いつくまま、テーマを沢山書いたのはいいけど、内容が追いついていませんね〜(笑)

 さあ、今日は’曖昧さ’についてなんとなく書きたくなったので行ってみよ〜!

 

  ’曖昧な感じ’ってどう思いますか? ’いいかげん?’’適当?’’優柔不断?’’相手任せ?’・・・

 あるいは、’寛大?’’自由度?’’器の広さ?’’どんな風にもなれる?’などなど。。。

  

  そもそも’曖昧’って何でしょう? また’曖昧でない’って何でしょう?

 僕が今考えているのは、’ただある’、’生の感覚’、’イメージ’、’言葉&行動’です。

 

 人間が生きていると・・・ 必ず毎瞬! 自分に関する’何か?’が浮かんできている・・・

 

  それが、僕の言うところの   ’ただある’    。

 

 それが自分なりに’これはどんな感じかなぁ〜?’と感じてみた時点でそれが次に移る・・・

 

                    ’生の感覚’。。。

 

  さてさて、それを自分なりにこんなものかなぁ?と’イメージ’してみて〜・・・

 

   その中からこれをしゃべってみよっ!と思って、自分なりの’言葉’にしてみたり・・・

 

  こんな感じで動いてみよっ!という感じで自分なりの’行動’に移してみたり・・・

 

  

  とにかく、すべてが ’自分なり’なのだ〜。。。

 

  ということで最初の’ただある’という源に戻れば戻るほど、’あいまい’で〜・・・

 そこには、’ほんわか’、’やわらか’、’ほのぼの’なのかなぁ〜っと。

 

 そんな風に日々いられると、可能性は無限に拡がるかなぁ〜?

 

  ということで今回は結びも’あいまい〜’(笑)

 

   みなさんはどんな風に感じますかぁ〜?  

  

 


 
  自分にしかわからない感覚

 
  〜最後は自分で決める〜

   
     
     2005/5/31

 

  最初からぶしつけですが、こんなのはどうですか?

   ・(今、左のふくらはぎが かゆいなぁ〜) 

   ・(早く休み時間がこないかなぁ〜、トイレに行きたいんだけど。。。)

   ・(みんなに合わせてパフェにしたけど、ほんとはケーキが食べたかったんだよなぁ〜)

 

  ひとりひとりの中にある、’自分にしかわからない感覚’って実は日常にたくさんありますよね〜。

 普段はあんまり意識していないかもしれないけど、これって自分が生きていく上でとても大切な

 感覚であるように感じます。


  少しいじわる的に’自分にしかわからない感覚’と対比させて、’社会的に一般的であると

 (考えられている、決められていると思っている)感覚を感じてみてください。

 

  ・今年の夏休みは〔一般的に〕どこに行くのが楽しいのかなぁ〜?

  ・うちの子にはどんな教育を受けさせるのが〔平均的〕なのかなぁ〜?

  ・今日の彼とのデートはこんな〔雑誌に書いてある〕ふうにすればいいのかな〜?

 

 ちょっと意識して書いてみるとどうですかぁ〜? 結構面白いでしょ〜。(笑)

 わたしたちが普段 生活している’日常’って結構、こういうことがベースになっているかも〜?

 もしかすると一見お堅い経済活動なども実はこんなところがポイントなのかもしれませんね〜?

 

  最初に戻りますが、’みんなはパフェだけど私はケーキ’、’今、トイレに行きたいなぁ〜’的な

 感覚って、ほんとに全世界広しといえども(ちなみに全世界の人口は約60億人ですが)、世界中で

 ’自分一人にしかわからない感覚’ですよね〜。 よく考えてみると、日常で何かを’選ぶ’ときに

 この’自分自身にしかわからない感覚’をどれだけ使っているでしょうか? あるいは

 どれだけこの’自分自身にしかわからない感覚から遠ざかっていることがあるでしょうか?’

 

  自分が’自分らしく’生きていくためにはこの’自分にしかわからない感覚’を使うということが

 とても大切であるように思います。そのためにはまずその’自分にしかわからない感覚’ってどんな

 ものなんだろう?って少し意識を自分自身の方向(内側)に向けてみてはいかがでしょう?

 

  別の言い方をすると、自分が’自分にしかわからない感覚に意識を向けないとなると、

 この世界で’自分にしかわからない感覚’に意識を向けてくれる人が誰一人いなくなる

 自分の今の、気持ち身体の状態体調など、、、今のあなたにしかわからない自分にとっての

 大切な情報を感じ取る存在が地球上、いや全宇宙の中に存在しなくなるということになってしまう。。

 

  少し大げさに感じられるかもしれませんが、そういうことが言えるんじゃないかなぁ〜と思います。

 

 以上、あくまで僕自身の感想ですが、さて、みなさんはこれについてどんな風に感じられますか?  

  




 
  とてつもなく純粋でやさしいまなざし

 
  〜相手を信頼する〜

   
     
     2004/12/21

 

   ’相手を信頼する’。。。前回の’自分を信頼する’から 数ヶ月かけて、ようやく少しは書けそうな

 気がします。 但し、このテーマは限りなく奥が深そうなので今後もどんどん書き足していきますね。

 

  相手を信頼するとは、、 『相手が 「その人自身のペースで、その人が今、そこで、一番すっきりと

 するものを、(その人自身にしかわからない感覚を使って) 選んでいる」 んだなぁ』 と いうことを

 ただなんとなく感じている ような感じ。。。

 

  そして、相手が、『今、そこにいる’立ち位置’から、自分なりのビジョンや方向性に向けて、

 一歩一歩着実に前に進んでいる』ということを知っていて、また『その一歩一歩の歩みがそれを

 感じている自分自身の気持ちまでも勇気付けてくれるものである』 ことを知っている状態。

 

  お互いが相手の自由な道のりを 尊重し合い、励まし合い、時には(相手が自分でできる範囲の

  領域に踏み込まない程度の)最小限のサポートを与え合い、受け取り合い、そして、それらの

  体験を自分自身の歩みにも活かしていけるような、そんな思いやりや感謝にあふれた関係性。

 

   ’とてつもなく純粋でやさしいまなざし’。。。(これも友人からのメッセージですが(笑))

  そんな風に自分自身を、周りの存在を、眺められるといいなぁ〜。 道は長いですね〜。(笑)

  

  * 念のため、、、’そんなふう’にできればいいけど、できないこともあるよね〜。まあいっか。

 



 
  自分を信頼する
 〜感じる、表現する〜

   
     2004/ 8/25
     2004/10/ 9 追記

 

  ’自分を信頼する’ということ、とても深いテーマですね。

 自分を信頼するためには’まず自分というものを知ら’なければなりません。

 そうです。まず自分自身を感じるということ。今、この瞬間の自分はいったいどうなっているのか?

 ということに意識を向けるということになるのかもしれません。

 

  今、この瞬間の自分には自分にしっくりくるもの、こないもの、きっと両方の感覚がありますよね。

 ’いまあなたがいるところにいていいのです。’ 下で書いたことを使ってみると、自分にしっくりくるもの

 でもしっくりこないものでもどちらでもOKということになります。

 自分の中では’ああそうなのか、それでいいのか’ということ、それこそ’受け入れないことをやめる’

 ということになるのかもしれません。

 

  さて、それではそれを表現してみてはどうでしょう? 自分の中の感覚を信頼し、それを表現する。

 これはとても勇気のいることですね。 自分の中だけで’受け入れないことをやめる’のはできても

 ’それを言葉や行動という手段を使って表現する’ということは本当に勇気のいることですね。

 だって、それは自分だけの感覚を周りのみんなに(いわば)発表することになるのですから。。。

 

  ほんとうに自分を信頼できていれば、自分の中の感覚を表現することはそれほど難しいことでないの

 かもしれません。 ただこの場合、ひとつ気をつけなければならないことは、自分の感覚を表現する

 ことが自分の周りの人を否定することになりはしないか?ということだと思います。

 周りの人を踏み台にすることによって自分を表現するということは、バランス感覚からいってもあまり

 好ましいことではないように感じます。 ’ただ自分はこう感じる’ということが周りのどんな立場の人

 にとっても 「ああ、この人はこういう風に感じているのか」 と素直に受け取ることのできる内容で

 あればいいなぁと思っています。

 

  こんな風に思いを深めていくと、’自分を信頼する’ということはそれを表現する事もふくめた

 いわば’自分のあり方’そのものといえるかもしれません。

  自分を感じ、それを言葉にしたり、行動にしたりする中で周りのいろんな人とかかわっていく。

 その一連のプロセスひとつひとつを勇気を持って受け入れていくこと(受け入れないことをやめる)、

 それが本当に’自分を信頼する’ということであるような気がします。


  * 念のため、、、’そんなふう’にできればいいけど、できないこともあるよね〜。まあいっか。

 

 


 
  いまあなたがいるところにいていいのです。


    〜いまここでの経験そのものが本来の’私’なのだ〜

    2004/ 7/7(七夕)
    2004/10/9 追記
    2004/12/21追記
    2005/5/31 追記

 

  長〜〜い、調整期間がようやく一段落しました。今回はほんとうに参りました。(苦笑)

 例えて言うと、長年きれいに整理されたお気に入りの部屋をカーペットを入れ替えるので、一旦

 その上に置いてある家具やら雑貨などをすべて運びだして、そして新しいカーペットを敷いた後

 またきれいに整理し直す。。。そんな感じでした。


  自分の中のネガティブな過去の記憶を底さらいし、一旦あらゆる感情を’そのままのもの’として

 感じてみる。「まだまだこんなにたくさんのトラウマがあったのか!?」 びっくりでした。

  そしてそれが終わると、今度は生まれ変わった自分自身として前向きでポジティブな生き方の

 見直し&確認が起こりました。


  日常の意識の持ち方、言葉での表現の仕方、行動の仕方など、より自分らしく自分の個性を

 生かして行くあり方とはどんなものなのか? 徹底的に見直し&確認をさせて頂くことができました。

 ただなにげない思い、言葉、行動にも自分の意識的な傾向性があるということを感じることができた

 貴重な体験でした。

 新しいやり方でないとすぐさまストップがかかる、ある意味とても厳しく、真剣なものでした。

 

  今回の学びで一番得たものは’いまあなたがいるところにいていいのです。’というメッセージです。

 今この瞬間がたとえどんな状態であっても、どんな自分であっても、そこにいてもいい。

 「こんな反応をする自分はいや」 「こんな性格の自分はいや」 「こんなにすっきりしない状態は

 いや」 「どうしてこんなことが起こらなければならないの?」 などでも実はそこにいていいのです。


  その状態でしか成り立たないこと、その状態でしか感じられないこと、ちゃんと人生の小道を

 一歩一歩進んでいるんですね。たとえ止まっているように感じられても、止まっているという状態を

 感じているという意味で進んでいるんですよね。


 僕たちは毎瞬、毎瞬、変化しつづけていて、そしてその瞬間、瞬間を体験しているということかも?


 生身の人間として、「もしこんな状態にあったら人間は一体どんなふうになるんだろう?」って

 実地の体験を繰り返しているのかもしれませんね。


  劇でも映画でもそうですよね。いろんなストーリーの展開の移り変わりがあってこそ、さまざまな

 感情を味わう事ができる。。。一度、そんな風に考えてみてはどうでしょうか?

 

 ’いまあなたがいるところにいていいのです。’ 今、僕がとても気に入っている言葉です。


 ⇒ 友人からのアドバイス


    「いま’あなた’がいるところにいてもいい」 = 「いまの’あなた’が本来の’あなた’であって、

                                 そのほかに’あなた’というものはいない」

   *’私’が’いまここ’を経験しているのではなく、’いまここ’という経験そのものが’私’なのだ。

     だから<私なるもの>は常に移り変わるし、どれが本当でどれがうそということもない。 

 
 ⇒ 最近思ったこと

    ’いま 自分のいるところ に戻る’って、大切だなぁ〜。 ’缶蹴り’のオニみたいなものかなぁ〜。

    あんまり中心(缶)から離れすぎると、缶を(蹴られないように)見張れなくなる。

 

   * 念のため、、、’そんなふう’にできればいいけど、できないこともあるよね〜。まあいっか。

 

 



 
  ’受け入れる’
ということ


    〜’受け入れないことをやめる’ 〜

           2004/ 5/14
           2004/10/ 9 追記

 

  ’受け取る’、’受けとめる’と書いてきて、次は’受け入れる’かな? とずっと意識してきていたの

 ですが、ずっと書ききれないでいました。今なら少しは書けるかな?と思うので、やってみますね。

 

 ’受け入れる’って、いったい何でしょう? 自分の身のまわりに起こった出来事や環境、人間関係

 などを’受け入れる’ってことかな? 自分にすっきりと感じるもの、あるいは違和感に感じるもの、

 その両方を自分のものとして’受け入れる’ということかな?

 今、この瞬間に体験していることはすべて自分が望んでいること、すべてあった方がいいこと、そして

 それらはすべて過去の自分が’今(将来の)’自分に向けて発振したもの。。。

 

 なにやら’Office CHU’のキャッチフレーズそのものになってきたような気がするが、つまるところ

 これは’どれだけ自分自身を信頼することができているか?’ということになるのかもしれない。。。

 

 ’自分の中にすべて自分の人生の答えがある’、ならば自分が体験することはどんなことも一旦

 ’受け入れて’みて、それを解決する答えを自分の中で探ってみよう。 今できる限りの勇気を振り

 しぼって自分自身を信頼する’小さな一歩’を堂々と踏み出してみよう。

 

  そのとききっと、自分の周りに多くの応援や励ましがあることに気付くだろう。

 そしてそのときの’勇気あふれる一歩’がまた次の(将来の)’今’を創ることになるんだよね。

 

 家庭、地域、友人、職場、自然環境、地球、宇宙など。。。 多くの人・存在たちに支えられている、

 そんな貴重な’自分を自分自身が受け入れてあげること’がとても大切なことのように感じる。

 

 とりあえず今はこんな感じかな?


 ⇒友人からのアドバイス、、、 ’受け入れる’というより’受け入れないことをやめる’ 

   うん、その方がしっくりくるかも。。。(Chu)   


  * 念のため、、、’そんなふう’にできればいいけど、できないこともあるよね〜。まあいっか。






 
  ’受けとめる’
ということ


           2004/ 3/9
           2004/10/9 追記

 

   ’受けとめる’ってことも大事なことですよね。

  端的に言えば、それは’目の前にいる人や出来事に対して、素直でいる’ってことかな?

  どんなことが起こっても、どんな風になっても’それはそれ’として’受けとめる’。。。

 

   そんな風にできればいいな。 いつでも登山者の’やっほー〜〜〜っ!’を受けとめることの

  できる山のように。。。いつでもどんなときでもやさしく受けとめてくれる肉親のように。。。

 

   この世に生まれてはじめて’受けとめてもらえている’と感じた体験はなんだろう?

  。。。やっぱり、母親の胸に抱かれていたころかな?

  この世のことを何にも知らない僕をやさしく受けとめてくれたその愛。。。まだなんにもできないのに

  できる限りのものを与えてくれた母親。。。今ごろになって気付いても遅いよね? ごめんね。

 

   でも身体の無い今でもいつも’受けとめてもらえていること’を感じることができる。。。

  セラピストとして、人間として、そして男として一番大切なものを教えてくれていたのは実は、

  一番身近な母親だったんだね。

 

   ’あ・り・が・と・う’ 学んだことを毎日使っていきますね。

   いつまでも見守っていてね。 (合掌)


  * 念のため、、、’そんなふう’にできればいいけど、できないこともあるよね〜。まあいっか。

 

 

 
  ’受け取る’
ということ


       2004/ 3/1
       2004/10/9 追記
   

   最近、’受け取る’ということを頻繁に意識するようになった。 

  一体、そもそも’受け取る’ということはどういうことなのだろう?

  一体、何を’受け取る’というのだろう? ついこの間まではこのことがわからなかったような気がする。

   (勿論、今はそれがわかったような気がしているだけではあるが:笑)

 

   今の感覚では、’受け取る’ということは’すでに満たされている’’もともと与えられている’

  ’そのままで(そこにいることを)受け入れられている、認められている’というようなことでは

  ないのだろうかと感じている。

   どこか自分の奥深くで、’実際なんにもしていないからこんなものは受け取れない’とか、

  ’自分にはこんなものを受け取る資格がない’とか勝手にある種の条件ハードルを設定して

  自分を評価したり、批評してきた気がする。そうして無意識に’受け取る流れをせきとめてきた’

 

  そんなことを繰り返していると、、、ふと、、、

 

  「もしかしてなんにもしていなくてもただそこにいるだけでただそれだけでいいのでは?」

 

  という気持ちがなんとなく膨らんでくるのを感じる。’もしかしてただ既に十分に満たされている

  ことを知って、それをありがたく思う’ それだけでいいのではないだろうか?

 

   そういえば今までも何度もピンチ(と思う)出来事はあった。でもそれらの出来事をうまく

 乗り越えてこそ’今’がある。 「もしかしたらその時に感じた’不安’や’恐れ’というものは

  ただ自分自身の深い人生の流れに信頼が置けなかっただけなのではないだろうか?」

 

   いまふつふつとそんな思いが湧きあがっている。 すべてに感謝。 (合掌)


  * 念のため、、、’そんなふう’にできればいいけど、できないこともあるよね〜。まあいっか。

 

 

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